ピアノよもやま話 − ピアノ再発見のために(6)



6 山葉ピアノ

 数年前に同業者から勧められて買っておいた山葉グランドピアノ30号、製造番号 35946、1939(昭和14)年製を修復しました。

 私たちの仲間では、ヤマハピアノは製造番号が2万台から3万台の頃のものが良いとされています。
年代にすると1935(昭和10)年から1944(昭和19)年です。使用木材は桜が主体で、芯や支柱はケヤキを使っています。
桜は非常に堅くてしっかりした木ですが、木目が複雑で加工後何年かするとねじれたり、曲がったりするのです。

 ところが今回手掛けたピアノはおよそ60年を経過しているにもかかわらず、ほとんど狂いがないのです。
余程、素性の良い部分を年月をかけて高度な技術で作ったと考えられます。
ちょうどその頃、ドイツのベッヒシュタイン社からシュレーゲルという人が技術指導に来ていたようです。
従って設計の基本はベッヒシュタインと思われます。(日本楽器はベッヒシュタインの日本における総代理店でもありました。)

 また、当時は日本楽器で飛行機のプロペラも作っていて、工作機械も大がかりで高性能なものを用い、鉄鋼並みの精度を誇っていたようです。
創業50年を超えて、技術的には世界のトップクラスに近づいたということでしょう。
もっとも、世界の一流メーカー、エラール(仏)、ジョン・ブロードウッド(英)、ベーゼンドルファー(襖)、ブリュートナー(独)、グロトリアン(独)、
スタインウェイ(米・独)等はそれ以上の精密な仕事をしています。

 しかし、楽器というものは、もう一つの大切な要素があります。音量と音色です。私は、西洋楽器は松の木が主体と申してきました。
響板はもちろん松あるいはスプルースを使っているのですが、それを支えている箱(本体)が桜やケヤキであるところに問題があります。
少なくともベッヒシュタインは支柱まで徹底的に松にこだわっています。日本人にとって良い木と言えば、
建築あるいは家具に対応した考え方でしょうか、桜、桧、ケヤキ等、丈夫で見た目が美しいものということになります。

 さて、ここに同じ1939年(昭和14)年に印刷された山葉ピアノのカタログがあります。
それによると、最近一般に著しく普及しはじめ、それに乗じて粗製品が市場に出まわり言葉巧みに誇大宣伝をしているので気をつけるよう、
また、選ぶ基準として大工場の製品であること、創業の古いことをあげています。

 更に、ピアノの主要材料の大部分は木材で、優良な原料を大量に長期間貯蔵するためには、大いなる購買力が必要なこと、
そして長年の経験を積んだ熟練技術者が必要なこと、また、世界的ピアニスト、レオ・シロタ氏の推奨状、更に国内シェア85%を占め、
宮内省から音楽学校、小学校に至るまで普及し、御愛用と御好評をこうむっているとのこと、アフターサービスも万全だから、
ニセ調律師にかからないよう気をつけろ等々、5ページにわたり説明してあります。

 ピアノの種類は竪型が18種類、その他自動付、二段鍵盤、折りたたみ式鍵盤等、グランドピアノは奥行 130cmの小型からフルコンサート、
ルイ型まで10種類と実に豊富です。
次に価格ですが、一番安い竪型の小型で 500円、フルコンサートが 7,000円、ルイ型コンサートグランドが10,000円となっています。

 今回私が修復したグランド30号は 2,250円です。昭和14年といえば、私は5歳、父は38歳の公務員、月給 200円くらいと聞いていますので、
当時の給料の約1年分になります。現在、このクラスのピアノは 200万円程度です。
年収が 5,6百万くらいとすると、年収の半分ないし3分の1となります。
それだけ昔のものは良い材料で作られた価値の高いものなのに、ただ古いというだけで捨てられてしまっています。

商業主義と権威主義に無知が重なって、ピアノは消耗品
(弦とかハンマーは確かに消耗品ですが、車のタイヤと同じく、本体は消耗品ではない。)という考えが虚構の世界を作りあげています。

私の手がけたピアノは黒のうるし塗りでしたが、お客さまの要望により、全部はがして茶色に塗り替え、2本ペダルを3本ペダルに改造し、
響板も塗り替え、鍵盤もダンパーも新しく貼り替え、弦やハンマーはドイツ製を使い、グレードアップして修復しました。
約2ヶ月を要しましたが、ほぼ満足のいく結果が得られました。
シリンクスの例会の際に見てほしかったのですが、8月23日には東京に行っているでしょう。
そこで30年あるいは50年と愛用されることを望んでいます。


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