ピアノよもやま話 − 自動オルガン編


 昨年暮に浜松の業者から依頼を受け、今年1月から半年を費やし、私の工房で1台のオルガンを修復しました。
それは100年ほど前に製造されたエオリアン・オーケストレルという自動演奏装置付き足踏みオルガンです。
イギリスで開発され、1880年頃から1920年頃まで作られていたものですが、アメリカのエオリアン社の傘下にあったようです。

 当時の王侯、貴族が好んで求めたとされるだけに、ケースのデザインも城館にふさわしいような格調高い飾り棚という感じです。
幅2メートル、高さ1.8メートル、奥行き1メートル、ナラ材で出来ています。
鍵盤はC〜Aの58鍵、ストップ(音栓)は20個、リード(笛)は7列と、それにサブバス1オクターブの合わせて419本、
スウェルが2本から成り立っています。




 ちなみに当時(1920年頃)のカタログによると、もっとスケールの大きい複雑なものを含め段階的に5種類もあり、
大きなものは高さが2メートル50センチもある大変豪華なものです。価格は400ポンドから840ポンドとつけられております。
さて日本円にしていくら位のものでしょう。

 私の兄に調べてもらったところ、次のような答えが返ってきました。

 19世紀の機軸通貨はポンドであった(現在はドル)。国際貿易における決済はすべてポンドによる振替機能を通じて行われていた。
また、日本の明治維新以降の発展(製鉄業、鉄道建設等)や日清戦争、日露戦争もすべてイギリスの国債によってまかなわれたものである。
1899年(明治32年)の 英国国債(年率4%)の発行額は1,000万ポンドで邦貨換算9,763万円。
日露戦争中の英国国債発行条件としては、1904年(明治37年)の発行額が、1,200万ポンドで邦貨換算1億1,716万円。
1900年(明治33年)前後の円−ポンドレートは、1ポンド=9.763円、すなわちほぼ10円と考えてよい。
 当時の物価水準は、帝国大学卒の学士の月給が50円で、これは超エリートの場合ですが、巡査の月給が10数円ということでした。
したがって、400ポンドといえば、当時の一般公務員の2年分位の給料になるのでしょうか。

 オルガンといえば、教会のパイプオルガンに代表され、歴史ももっとも古く、スケールの大きなものでした。
このオーケストレルとは、発音体がリードでコンパクトになり、しかも自動演奏装置をつけて一般家庭で誰もが楽しめるという
目的で開発されたものです。
もちろん普通のオルガンとしても使えるのです。それにミュージックロール紙をセットしてペダルを踏むだけで複雑な音符を
読んでくれるというのです。
オルガンはすべて、ストップの組み合わせで音色(ストリングス、エオリアンハープ、フルート、オーボエ、トランペット等)を変えます。

 自動ピアノや自動オルガンのミュージックロールの仕掛けは、セットされたロール紙の一端をもう一方のロール巻きに引っ掛け
巻き取っていきますが、
その途中にトラッカーバーという金属の棒に空けられた一列の穴の上を通過します。この穴は58あって、鍵盤の58音に対応しています。
通過する紙に穴があいてあると、そこから空気が入って、その音が鳴るわけです。
20個並ぶストップの中央にあるレバーを動かしてロール紙を送る速さを変えれば、テンポも自由に変えられます。
膝で操作するスウェルは右で音量の調節が出来ますし、左はフルオルガンとなり全部の音栓を同時に開けることが出来ます。
更にペダルの踏み加減で音量やテンポに表情がつけられます。
それらをうまく使いこなし、上手に演奏するにはなかなか骨が折れますが、それだけに尽きぬ面白さがあります。

 ミュージックロール(楽曲)も当時のカタログによると、1本1ドルから2ドルで、宗教曲から室内楽、オペラやシンフォニーまで
あらゆる分野にわたって網羅されており、その数は1500本余りに及びます。
(現在もピアノ用のロールは作られていますが、58音のオーケストレルのロールは製造されていないようです。)

 オーケストレルは、何しろ見るのも初めて、修理を手がけるのも初めてで、全くの手探りの状態から始まりました。
しかも長い間放置されてあった場所にも問題があって、木も金具もすっかり朽ち果て、また、以前に誰かが手を入れた跡があるのですが、
かえって傷めてしまていることもあって、修理、調整というよりも設計からやり直すような状態でした。
大変な苦労でしたが、私にとっては楽しくもあり、またヨーロッパの文化の一端に触れたことで音楽の幅も広がりました。
特にオルガンの分野は未開拓だったのですが、この機にサンサーンスのオルガン曲集のCDを買い求め、
あらためてオルガンの世界を知ることが出来た次第です。


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