ピアノよもやま話(8)


 前回の「自動オルガン編」以来、久しぶりの投稿となります。

 その間世の中は民族紛争に明け暮れ、その上不況が重なり不安を煽っています。私の仕事と言えば、
平和産業の最たるものです。影響が無い訳がありません。
しかしこの道48年、「この道より我を生かす道無し、我この道を歩む」という中学生の時に読んだ
武者小路実篤さんの言葉通り実行してまいりました。
けっこう世の中に貢献しているつもりで居たのですが、果たして…といった所。


 今回はピアノは調整次第という話をしましょう。

 ピアノとオルガン以外ほとんどの楽器の調整は、演奏者自身が行います。
クラヴィコード、チェンバロあたりは直ぐ弦が切れたり狂ったりするのですが、
その都度専門家を遠いところから呼ぶ訳には行かなかっただろうと思います。
それだけに演奏者の楽器の構造に対する知識も、豊富にならざるを得ません。

 ピアノ製作者のクレメンティさんやプレイエルさん、またイーバッハさんもベッヒシュタインさんもきっと、
大変音楽に詳しくピアノを上手に弾きこなしたに違いありません。
彼らは自分の理想の音やタッチを求めてピアノを創っているのですから。

 私の知り合いのジャズピアニストはしょっちゅう自分のピアノを調律しています。
自分ではどうにもならなくなった時に私のところへ言ってきます。一寸聞くとそんなに狂った感じはしません。
でも本人にすれば気に入らないのです。かなり高いレベルでの不満なのです。
そして私が調律を済ませると彼は言います。
 「やっぱりえーなー、何処が違うんやろ、森田さんの調律はちがうねん。森田さんの音があるんや、
他人が弾いててもわからへんけど、自分が弾くと判るんや、森田さんが横に立っているみたいな、気がしてくることがあるで。」

 彼はそのあと「僕はあんたの調律は好きや。」と言ってくれたので助かりました。

 今から30年位前のことです。ある調律師がアメリカへ行くことになり、帰って来るまでの間、労音の仕事を任されました。
約2年間、京都会館第一ホールにてヤーノシュ・シュタルケルから始まって内外の一流アーチストの調律を20人あまりやりました。
或る時労音の局長さんが「君が調律を始めてからクレームが1回もないなー」と言われ、「??・・・」。
なんとも返事の仕様がありません。「そんなにクレームがあったんですか」とも聞けず、
何時私に降りかかるかも、という不安にかられた思いがあります。


 その頃の裏話を幾つか紹介しましょう。

 先ず先程出たシュタルケルさんの時の事。それは大変緊張しましたね。
音楽会とはこんなにつらいものか、というのが実感でした。音ばかり聞いていて音楽を聴いていないのです。
シュタルケルの顔が怖く映っていたのを憶えています。

 それから何人かの経験を積んだ後の事です。井の内澄子さんの時でした。
事前にピッチを指定してくる事があります。その時はA=445ヘルツと云うことでした。これは大変高い指定です。

 ここで少しピッチの話しをします。現代の西洋楽器は a(一点イ)を440ヘルツ(サイクルでも良い)の
振動数に合わせることになっています。ところが実際は国や地方によってまちまちです。
例えばアメリカは440をわりと守っている様ですが、ロシアの方へ行くと緯度に合わせて高くなっていくような気がします。

 ソコロフを連れたソビエト交響楽団の時にも445を指定されました。イムジチの場合は440以下とききます。
高くすると楽器が壊れると言います。確かにピッチを上げると、安物の楽器でも鳴り出すと言います。
私自身の経験でもスタインウェイでしたが、442と443では随分音の張りが変わるんだなと思った事があります。

 京都は442を標準にしています。それは京都市交響楽団の指定だそうです。因みに大阪は443と聞いております。
実際その1サイクルの差はどの位か?というと半音を100パーセントとした時、その4パーセント、つまり25分の1です。
どんなに耳の良い人でも単独で聴いてその差を聞き分けられる人は居りません。
5サイクルで半音の5分の1になりますが、この位だと聞き分けられる人はいるでしょうがそれはかなり耳の良い人です。

 複数の楽器で演奏する時はピッチを合わせる事は絶対必要ですが、
独奏の場合は440でも445でも音楽的には全く問題ではありません。何故、井の内さんは445を指定してきたのか。
きっと以前京都会館で演奏したときの印象が悪かったのに違いないと私は思ったのです。
元々442サイクルで治まっている物を1サイクル位動かすのは良いのですが、3サイクル以上動かすと落ち付きも悪くなるし、
場合によっては断線する心配が出てきます。当時のスタインウェイは既に20年近く経っていたと思います。

 私は指定を無視して442で調律をしたのです。ほどなく、彼女が現れて、弾き始めました。
「やはり良いわねー、このピアノ古いんでしょ?腐っても鯛ってこういうのをいうんでしょうね。」

 そして、演奏会が終わってからの話として局長さんから聞きました。

 「彼女言ってたよ、いつも弾き終わった後、あそこをこうすれば良かった、ああすればよかったと思うんだけれど、
今回ほど弾いた!と感じたのは初めてだって。大変充実していたんでしょうね。」

 「調律がうまかった、って言うてなかった?」と聞くと、
「言うてへん、言うてへん。」京都の人は必ず2回言う事になっています。


 もう一つ、 レオニード・コーガンの時でした。

 私は彼との出会いは初めてだったのですが、彼は京都会館は3回目という事でした。
フルシチョフのような風貌の伴奏者を連れてアメリカからの続きのようでした。
いきなりクロイツェルを弾き始めたのですが、なにか腑に落ちない様子。

 通訳を通して局長に何か言っているらしい、・・・しばらくして局長が私に
「響きが悪いから、後ろにカーテンをしてくれ、て言うんだ、そんなアホなことできるかいな、2人で反響板を出そう。」
3時過ぎの事。まだ舞台係りの人が来ていなかったのです。その後コーガン氏、「うん、これで良い。」

 その日の演奏会は私は客席でシビれていました。後日また局長から聞きました。
「コーガンさんが『今回がいちばんうまくいった』と言ったので、俺も嬉しくなって、パガニーニの再来だ、って言ってやったんだ。」

 私「ふーん、ところでピアノの調律が良かったって言ってなかった?」

 「言うてへん、言うてへん。」


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