ピアノよもやま話

For rediscovering the piano

ピアノ再発見のために

Vol.19

久し振りにブログを書く気になった。

日に日に気力が萎えて来て、夜の8時を過ぎると、横になってテレビを見るのが精一杯。これじゃあ、余り先は長くないなァ・・・

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さて、昨年の年末は大変だった。難儀な仕事を2台同時に始めたからだった。

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一台は、三月に取り掛かった、1935年アメリカ製の自動付きグランドピアノ。

数十年前に素人が修理したものですが、ある部品は逆に付いていたり、有るべき部品が、欠損していたりしながらも、取り敢えず鳴っていたという代物。

譜面台も無く、(自動だからいらないという考えなのか)ピアノの態を為していません。

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自動ピアノと言っても、当方の扱う自動は、昔アメリカで開発された空気ポンプ式の芸術品であって、当時の一流の演奏家の演奏がそのまま再現されるというものなのです。

ポンプ式自動ピアノは、1840年頃フランス人がストリートオルガンの仕掛けをピアノに利用したものと聞いていますが、1900年初頭アメリカに伝わり、

数社のメーカーにより開発合戦が行なわれました。

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日本人にとっては、自動ピアノと聞くとオルゴールの延長線上のように思っていますが、私も二十数年前に本物を見るまではそうでした。

実は、普通のピアノに、自動装置を組み込んだピアノの事です。

従って、自動装置をつけたからと言って、本来の音やタッチが変るわけでは有りません。

因みに、ピアノの前に備え付ける、外付けの自動演奏機(ピアノーラ)なども有りました。

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今回手掛けたのはマーシャル&ウェンデル1935年アメリカ製。

自動の機械は、AMPICO-A?

A?としたのは、AとBと混ざったような部分があるからです。

当然Aの後にBが改良品として開発されたものです。

自動のメーカーは、1929年の経済恐慌以降、製造を止めました。

今回手掛けたピアノは、1935年製ですから残り部品の寄せ集めで作られた節が見られます。

息子は、AとBの設計図と首っ引きで解明しておりました。

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私が最初、自動ピアノなるものを目にしたのは、今から25年余り前の事。

知り合いの楽器屋さんが持て余していた物で、沢山のロールと一緒に運送屋の倉庫に埃だらけで眠っていたものです。

ロールを見ると、ワーグナーやリストの曲やオーケストラの曲まであります。

また、ラベルには、演奏家のパデレフスキーやホロヴィッツの名前が記されています。

『実際、それが本当なら凄い世界だ!!』と急に挑戦したくなってきました。

しかし、本場の人達(演奏家)が単純な機械的な演奏に満足するはずは無いとの思いから、彼らのピアノ音楽に対する考え方が知りたくなりました。

当に、私が調律師の世界に足を踏み入れた動機が其処にあったのです。

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初期の自動方式は、足踏みオルガンのように、ペダルを踏んで鳴らしていましたが、間もなくモーターを使ったバキュームポンプが開発されます

最初は、音域が65鍵(音)ですが直ぐに88鍵フルスケールの物が開発されます。

足踏みの場合は、踏み方によって曲の表情が変えられますが、モーターになると風量が一定になってしまいます。

そこで演奏家の思いがどれだけ忠実に再現できるか、其の機能の開発が鍵だったのです。

細かいフレーズを正確に弾くのは当たり前のことです。

強弱も、殆んど無段階に調節できます。(エクスプレッションボックスと云う装置を介して空気の流量を変えます)

そして、実際治してみて演奏上、一番大事なことと気付いた事とはペダリングでした。

ピアニストによって、ラウドとソフトの二本のペダリングが重要な事を教えてくれます。

演奏の特徴は、ペダリングに負うところが大きいということがわかります。

特に、作曲者の自作自演には興味がわきます。

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最初は1(イチ).0(ゼロ)というコンピューターの世界でしたが、演奏家の特徴を、忠実に記録して再現する装置の開発に成功してからは、

当時の一流アーティストが挙ってロールに自分の演奏を残しました。

その後エジソンによって開発されたレコードには録音せず、ロールにだけ残っているアーティストも居るくらいです。

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その他、カラオケとして、ホテルのディナーミュージックとして、又ダンスホール等にも使われ(一段と音量を上げる)、コインを入れて鳴らす

ジュークボックスとしても使われル事により、爆発的に自動ピアノの需要が伸び、1920年頃は製造されたピアノの半分に自動装置が付いていたようです。

電気ポンプが開発されてからも足踏み式は其の後も造られていますが、アメリカでは今も其の競演をして、上手下手を決めて楽しんでいるようです。

その演奏家のことを、ポンパーと呼ぶのだそうです。

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日本でもヤマハが、足踏み式を真似て作っていた時代が有ったようですが、今は過去の遺物として忘れ去られています。

「六段の調べ」とか他に何曲かヤマハのロールを見た覚えが有ります。

但し、今のヤマハは電子ピアノに変わってポンプピアノの技術は全く伝わっておりません。

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機械のグレードにより価格差は多少あったようですが、自動が付いている事でピアノの価格は倍、或いはそれ以上だったようです。

オーケストリオンと言って、色々な打楽器(小太鼓やシロフォン)や、ヴァイオリンの付いたものも有ります。

演奏家の記録だけに留まらず、ロールには色々な情報が盛り込まれています。

ある意味では、未だ開発途上と言う一面が有りました。

バズーカ砲を考案したバズーカさんが、もっと良い物を作ろうとしていた時、金融危機が訪れ自動メーカーは倒産の憂き目に遭います。1929年の事です。

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当時は、エジソンの蓄音機も開発途上で、とても演奏家の満足出来る物では有りませんでした。従って、当時の演奏家はこぞって自分の演奏をロールに残そうとしたようです。

その数は、500人を下らないといいます。何しろ生演奏で再現されるのですから。

当時一世を風靡した、パデレフスキーやゴドフスキーを始め、作曲家のライネッケやドビュッシー、ラフマニノフ、プロコフィエフなど、

また、若い頃のホロヴィッツやルビンシュタイン、ジャズピアニストのアートテイタムなどなど、大変興味深い世界です。

ただ、ロールは紙で出来ているので7・80年経った紙は劣化が激しく、使い物にならない場合がありますが、

アメリカには複製(リカット)してくれる会社が有ります。(つまり、今もアメリカでは、この世界は生きています)

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さて、仕事の話しに戻りましょう。何よりも、大変なのは、精度です。「水も漏らさぬ」と言いますが、「空気も漏らさぬ」と言うのは、難儀な作業です。

空気とは基本的にはバキュウームポンプですから、言い換えると掃除機でも鳴らせるのですが、何しろ楽器ですから、機械音が出ないようにしなければなりません、

そこにはピアノで培われた技術が使われております。

空気圧(負圧)は、そんなに大きなものでは有りませんが、微妙な負圧力の調整が音の表情に直結しています。

従って、自動機械とピアノのアクションとのマッチングの調整も重要なのです。

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兎に角、大変奥の深い世界で、片手間で修復出来る世界では有りません。

時折、掛かってくる調律の仕事が息子にとっては息抜きになっていたようです。

その修理は今も続いています。

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次に、難儀な2台目の話に移ります。

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私が手掛けた、1901年製のスタインウェイ、アップライトグランドと格闘する事3ヶ月。

ある業者が、修理を始めて途中でギブアップして当方に持ち込まれたものです。

何年か前にアメリカ辺りで修理された模様ですが、丁寧な所もあれば素人でもやらない様な酷い仕事もあり「いったい元はどうだったのだ」と首をかしげながらの手探り作業。

竪型で鍵盤から作り変えたのは今回が初めてでした。(グランドピアノは数台有りますが)

当時のスタインウェイは他に類を見ない独自に開発されたアクションで、一般のアクションとは真っ向逆さまの発想によるものなのです。

思えば、150年前グロトリアンと分かれてアメリカでピアノを作り始めた時以来、特許問題で長年争って来たと聞いております。

それは本体の設計にも見られますが、特にアクションの構造の違いが顕著です

それは、タッチに大きな影響を与えます。延いては音楽の考え方まで変えるものです。

例えば、鍵盤を押さえる時の力はグランドピアノで50g前後、縦型で60g前後とされています。

グランドピアノはハンマーの動きが上下ですから、引力の影響からハンマーの質(重さ)によって鍵盤に掛かる影響が大きいのです。

それを最終的に調整する為に鉛を鍵盤のバランスの手前か奥に入れます。

其れに引き換え、縦型は、ハンマーが引力の影響は受けないので軽いのが普通です。

従って、寧ろ軽すぎるので、鉛をバランスの奥に入れて調節するわけです。

ところが、スタインウェイは違います。縦型も手前に鉛を入れます。

つまり、一般の考えとは正反対なのです。

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グランドに到っては一般のピアノの倍くらい鉛を入れます。

するとどうなるか、弾く時は軽くても、戻りがおそくなります。

押さえる事をダウンリフト、上がってくる事をアップリフトと我々は呼んでいます。

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或るお客さんの家で、ヤマハとスタインウェイのダウンリフトを比べた時の事。

スタインウェイの方が重いと仰るので、錘で計った所、結果は逆だったのです。

つまり、ダウンリフトはヤマハが55グラムスタインウェイは52グラム

アップリフトはヤマハが26グラム、スタインウェイは20g、なのに重いと感じたのは何故か。

それは抵抗の違いなのです。

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以前にも申しましたが、アクションは四組の梃子の組み合わせで出来ています。

其々の作用点には皮とかフェルトが使って有ります。

抵抗を、なるべく少なくする為にその部分を丸く削ったり黒鉛などを塗ってすべりを良くする様に加工します。

一般には、と言うより日本ではといった方が正しいかもしれませんが、なるだけ抵抗を少なくするように取り付けや加工を施します。

スタインウェイは、わざと抵抗をかけているのです。

その考え方は、スタインウェイ独特の考え方で、一般のピアノメーカーとは真っ向逆なのです。又部品一つ一つの形も独特で、他のメーカーとの互換性は全く有りません。

バットスプリングは我々の間では鰯の骨と呼んでいますが、長いスプリングがダンパーレールに固定されていて、

例えば一本のハンマースティックのトラブルを治す為に外そうとする時でも、ダンパーと、ダンパーレールまで外さなくてはならないのです。

一般のピアノに比べ手間が10倍くらい違ってくるのです。(構造を知らない方には解からない話ですが)

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何とも厄介な構造ですが、何故スタインウェイたるところが、このような設計にしたのか?

それには、大変深い考えが有ったと思います。

それは、タッチによる表現力の幅の広さを求めたものだと思います。そしてもう一つ

他社に真似をされない様、配慮したからでしょう。

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その一つに、アクションレールが独特の形をしたチューブで出来ていて、他社には当てはまらない独自の形なのです。

開発当時から真似をされないように特許を取得していましたが、ヤマハ以外は何処も真似をする会社は現れませんでした。

(ヤマハのピアノでスタインウェイのチューブを使ったピアノを修理した事は有りますが・・・)

古くなるとそのチューブの中に仕込まれている木が膨らんで破裂するからです。ある意味で欠陥品です。(ヤマハのも破裂しておりました)

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破裂したチューブは取り替えますが、機種に合わせて(S,M,O,A,B,C,D)とアクションの穴の規格が決まっていて、

廃盤になった機種(アップライトグランド)の場合は、現行のアクションに付け替えねばなりません。難儀な話。

(セクションにより数が違うからです。チョッとわかり難いかな?)

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今回の場合、レールは健在でしたが、アクションの木が老けてしまっていて、スタインウェイモデルの国産を使ったのですが、何ともタッチ感が悪く、

昔取り置きしておいたオリジナルのバットが有ったのでそれを修復してやり直しました。

とたんにスカッとしたタッチになりグランドに負けない連打が見事に実現しました。

何とした事か、国産と本物を比較しても殆んど見かけは変らないのですが、微妙な差がこんなにタッチを変えるものかと、驚いた次第です。

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当然、駒も老けていました。

当時の駒は、最高音まで楓を使っていましたが、最近のスタインウェイは次高音から上は

柘植を使っているので真似をして高価な柘植で修復しました。

お蔭で今のスタインウェイらしい音が甦りました。

正直ですね、適材適所が見事にスタインウェイのポリシーを証明してくれます。

当に180年前のスタインウェイさんに出会った気さえしてくるのです。(一寸気障かな?)

と言った訳で、何時まで経ってもお金にならないし、借金は嵩むばかり、其処にアメリカ発の不況の嵐、何とも心許無い毎日でした。

そうした中でも、応援してくださる方が居てあちらこちらから修理の依頼が有り、何とか先行きに希望の光が見えてきた今日この頃です。

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今回はここまで。