ピアノよもやま話

For rediscovering the piano

ピアノ再発見のために

Vol.22

久しぶりの投稿となりました。

当年とって81歳、ここ3年の間に腰痛から始まり白内障、50肩と人並みの経験を経て

今日を迎えております。

或るお客さんから、耳は大丈夫か?と指摘され、「大丈夫です」と即座に答えましたが、

そこには複雑な感情がおこりました。単なる自己防衛と取られないように、昔、この道の

元老と言われた杵淵翁先生との出会いの話をして、納得?していただきました。

実際、私もこの道に足を踏み入れた時に、最初に懸念することでした。

その時、耳も鍛えれば良くなるのだ、と思い込んでいたのです。

処が、私が、工員としてヤマハで調律一日10台と言うノルマを経験して知ったことは、

疲れた神経を癒すのは、食べ物でもなければ薬でもなく、ひたすら休める事でした。

つまり無音・・・ラジオも何も聞かない事です。

私は機械になりたくなかったので、半年で退社しました。続けていれば間違いなく難聴に

なっていたでしょう。他の方達は?皆さんは、ストロボスコープという機具を使います。

一般に調律師は耳が良いと思われていますが、寧ろ普通が良いのです。

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今は、とかく基準を数字に求めますが、実際、数字では割り切れない面と、芸術的という

抽象的な世界では馴染まない所があります。

調律師の絶対条件は、若いうちに本物の音楽を多く聞いて耳に馴染ませる事が良い様です。

図らずも、先日、NHKのテレビで、最近音楽愛好家の中で昔のSPレコードの音に癒しを

感じる人が増えている様子が報道されていました。

当に私が幼い時から馴染んだ音です。中でもカザルスが弾くバッハの舶来版は特別でした。

オーディオで行きついた音は、トーレンスのカートリッジとタンノイのスピーカです。

人間の声を基準に選びました。

現在一般に使われているピアノは理論上、最低音が27・5振動(ヘルツ)最高音は4186振動

とされていますが、人間の耳は、それでは高音は低く、低音は高く聞えるようです。

従って、調律師は、高音は高いめに、低音は低いめに合わせるように習います。

「め」が人により、ピアノにより、環境によるところが問題ですが・・・

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あるオーディオマニアの方が「わしは、昔2万ヘルツくらいまで聞こえたけど今は1万位

しか聞こえへん」と言われました。

実際、日常の生活で使われている音程は、50~4000ヘルツ(口笛の最高音)です。

事ほど左様に、音量も技術も何もかも数字化して、事足れり、としている今日です。

其処には、「人間にとって」という一番大事なものが抜けている気がしてなりません。

昔、絶対音のある人に、輸入したばかりの綺麗な音のする、古い舶来のピアノを聞いて

もらった処「半音下がっているから解らない」と言われました。

絶対音のある人は、味覚や嗅覚の分析にも長けていて、共通のものを私は感じます。

たぶん、鋭い感覚と言うのは記憶力の問題でしょうね。

ピアニストの中でも、ピアノの構造に通じている人は少ないと聞いております。

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私は、この道62年になっても、一流メーカーのピアノに触れる度に感心させられます。

300年前の開発当初は、何人かの作曲家もピアノの製作或は開発に参加していたようです。

私がこの道に入って、20年余り経った時の事、大阪のソノールと言う名の店でフランスの

エラールと言う名のピアノに出会って、そのピアノの音に取りつかれてしまいました。

1752年、ドイツ生まれのエラールさんは、ピアニストとは称されてはいませんが、

ピアノがとても上手くて大変頭の良い人だったようです。

1768年、16歳の時にフランスに亘り、最初チェンバロの工場に入った時も、新しいシステムを

編み出したそうです。

ハープのダブルアクションシステムを開発し、1777年に第1号のピアノを製作しています。

現在のピアノにも彼が編みだした連打装置やアグラフが使われています。

ピアノとは、チェンバロの改良から始まって150年(1850年)欧米の天才技術者によって、

あらゆる試練を克服して開発されたピアノは、とても高価なもので、正しく管理されれば、

バイオリンと同じように、末代に到るまで歌い続ける芸術品であり、美術品であり、

貴重な人類の財産なのです。

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今回のテーマは一般の方達の、ピアノに対する誤った概念を正す目的で書き始めました。

対象は、西暦1900年前後の頃の完成された欧米の一流ピアノです。

先ず、日本では、竪型ピアノは、平型ピアノの「紛い物」と思われている事です。

先ず申し上げたい事は、グランドピアノ(平型)とアップライトピアノ(竪型)の構造も

材料も全く同じで、表現力も全く同じだということです。

響板が立っているか横に寝ているかの違いであって、音域も使用材料も全て同じです。

価格の根拠は、躯体の大きさの違いです。大きさの違いと言ってもせいぜい2倍程度です

価格差は4倍から10倍位していますが、それは必ずしも価値に沿ったものではありません。

本来、弦楽器に使われる材木は、本体には、松や、楓、ブナ、柘植、鍵盤には、松、黒檀、

象牙、外装の化粧板には、マホガニー、ナット、ローズウッドその他等、今日では

手にすることが困難な材木ばかりで、一般の材木屋さんでは手に入らない大変高価な物なのです。

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くどいようですが、弦楽器に使われている響板材は、全て共通して松材です。

弦の振動は駒を通して響板で増幅されています。その音色が人間の声に近いからです。

人間の声と言っても声紋に見られるように1種類ではありません。

弦の質、打つハンマーの材質、弦の振動を響板に伝える駒材、駒ピンの材質などにによって

音色は変ります。鼻声、だみ声、子供の声、等他にも色々有りますがそれぞれ意味が有ります。

ピアノのハンマーヘッドは最初、木の芯に動物の皮を1枚貼った物でしたが、或る時から

下に薄いフェルトを貼りその上に皮を貼っていました。少しソフトになります。

皮は部位によって硬さが異ります。高音は硬い部位を、低音へ行くに従い柔らかい部位を使って、

なだらかな音色に揃えたようです。

その後、最高音3本だけに、硬い皮をかぶせ、後はフェルトを使うようになりました。

現在は全音フェルトです。

フェルトと言っても、分厚いフェルトを2センチくらいまで圧縮し固めたものを、20㌧の

力で尖った木に巻きつけます。

硬く緊張したフェルトは、針を刺す事によって音の硬さが変わります。

その作業を日本では「整音」と言いますが、外国では「ボイシング」と言います。

ピアノの伴奏で各楽器が声楽であれ弦楽器或は管楽器であれ、お互いに会話をしています。

又、響板の松は樹脂が多く含まれているので、寿命も長いのです。(人工乾燥は論外です)

ピアノに使われる数百年経った大木の価格は、太さ長さにより幾何級数的に高くなります。

高価な材木は、大型のピアノに使われて余った材木でも、小型の製品に使えれば、貴重な

木の無駄が無くなると言う訳です。

大型より小型が安いのは材料の質が落ちたのではありません。

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次に、間違った先入観として

昔のピアノも、竪型のピアノも連打が出来ないとか、低音が鳴らないと言われます。

連打は平型ピアノの上下運動より、竪型の前後運動の方がやりやすいです。

アクションは、5組の梃の組み合わせで出来ております。

理由は5か所の抵抗とバネを使って10㍉弱の鍵盤の動きをコントロールして、音の強弱と

音色に微妙な表情を求めます。

その構造は、極めて複雑でデリケートに出来ております。

当時は、他社の真似は特許に触れるとあって、各社独自の方法が編みだされて来ました。

モデルは、先に開発したエラールピアノになりますが、余りにも構造が複雑で、材料の皮や

フェルトの質まで厳格なので、技術者に嫌われた印象が有ります。

この構造の説明は現物を前にしても難しく、まして言葉で説明出来るものではありません。

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メーカーの鍵盤のタッチに対する考え方は、軽くて大きな音が出て弾きやすいのと、

表情豊かで小さな音も出しやすいという二通が有ります。

何れも子供っぽい表現ですが、初めての方は「よう鳴る」後の方は「重い」と言います。

アクションの構造は、竪型の方が複雑です。鍵盤に掛かるハンマーの重さが無いからです。

其の為に、エラールは複雑な仕組みで対処しています。

スタインウェイは、実に合理的な方法で解決しています。従って、平型のタッチとあまり

変わりません。

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竪型は、平型に比べタッチが軽いと言いますが、事実は逆です。

スタインウェイのタッチは、ヤマハよりタッチは重いと言われていますが、それも逆です

飽くまでも、梃の5か所の接点で起きる抵抗が、タッチの重さになります。

抵抗のある方が、一つ一つの音に表情が出しやすいのです。

次に音量の話に移ります。

竪型は、平型と比べ鳴らないと言われます。それも間違いです。音量は同じです。

弦の長さと響板の大きさが大音量を生むと思われますが、細長い方が原音が素直に大きく

響きます、短い弦長で、長い弦と同じ音程を出すには、弦に重りを着けます。

つまり弦に銅線、或は鉄線を巻きつけて太くします。

すると、弦の材質や、巻く技術によって複雑な倍音が増えます。

これはとても複雑な話なので、次回の響きの所で書きます。上手く書けるかどうか心配。

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もう一言、鉄のフレームに関して。

ピアノは鋼鉄の響きで響板は鉄板にするべきだが高音が響きすぎるので、鳴らないために

木を使っている、つまり不響板なのだとYさんは言っておりますが勘違いも甚だしいです。

それは、バイオリンの響板も鉄板にしろ、と言ってる事になります。

ピアノがバイオリンと同じ弦楽器であり、弦の振動を他の弦楽器と同じ松材を使っている

事も、また、何故松材に拘っているかと言う事も理解出来ないようで、悲しいフレーズも

ひたすら輝かしい高音で、迫力を求めるのが、良い演奏だと思っている様です。

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鉄のフレームは、20㌧あまりの張力に耐える為に考えられたもので、木の柱では大きく、

重くなり過ぎる為、コンパクトで、軽くする為に鋳鉄を使ったのです。

決して、金属音を求めたものではありません。

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それでも張力による歪が完全に解決した訳ではありません。

そこでスタインウェイは、サウンドベルというのを取り付けて、長いピアノには対処して

おります。

鉄枠はアメリカ人が始めた事で、ヨーロッパの人達は、金属的な音を極力嫌っていました。

従ってフレームを止めているネジの所にはフェルトを挟んだ位です。今はしていません。

ピアノに高次倍音を求めたのは、スタインウェイがアメリカへ行って始めた事なのです。

所謂アリコートと言われるものですが、かなりアメリカナイズされた物で、それなりの

目的に沿ったものではあります。

これも、詳しいことは次回の響きの時に申し上げる積りです。

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蛇足ですが、鉄のフレームの意味は、鉄枠で響板の枠を締め付けると、音量が上がるのは

事実ですが金属音を求めたものではありません。

クランプで枠の一部を絞めただけでも音量は上がります。

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響きの話は次回にします。